牛肉の概要

牛肉とは、食用に処理されている牛(ウシ)のことを指します。黒毛和牛などの肉牛品種の肉が多いですが、廃乳牛や去勢して肥育した乳牛も売られて蔭佐宇。

ウシは、ほとんどの部位の肉を食べることが可能とされており(近年では、健康なウシなら問題はありませんが、一部にBSE問題に鑑みて食用とするのは難しい危険部位も存在しています)。牛肉は加熱して食べるのが主で、ステーキでは熱によるタンパク質の変質をしきらない状態で食べるレアやミディアムレアという焼き加減があり、また、稀に刺身として食べることもあります。ただし、牛は人間を終生宿主とする寄生虫である無鉤条虫の中間宿主で、その幼虫は主に牛の筋肉に寄生しています。そのために、牛肉を生やそれに近い状態で食べることは、寄生虫感染のリスクを伴います。通常、60°C以上、または、-10°C以下で10日間以上冷凍した牛肉は安全とされています。また、日本では生レバーも好んで食べられますが、健康な牛であっても約10%程度がカンピロバクターを保菌している事が厚生労働省の研究班により報告されていて、食中毒のリスクを伴うことが分かっています。

西洋料理のタルタルステーキやカルパッチョなど、他国の食文化では牛肉の生食に薬味を加える料理もあります。薬味を加えることで寄生虫や食中毒のリスクを軽減させているといわれていますが、特に科学的な根拠はありません。強いて言えば、牛肉を薄く切る、また、牛肉をたたくことにより寄生虫のリスクを減らすことができるのかもしれませんね。

牛肉は他の食用肉と比較して冷凍保存に向いており、冷凍庫で凍結させることによって家庭用冷蔵庫(2ドア)なら半年間、業務用冷凍庫なら1年は保存できるとされています。これは、鶏肉や豚肉を得る右手で肥育期間が牛肉を得るうえでの肥育期間に比べて短いので、それらの肉は筋線維の構造がひゅうげきな肥育で牛肉に比べてほぐれやすくなっていることに関連付けされています。

ヒンドゥー教では、牛は神聖な動物とされ崇め奉られているため、牛肉の食用を禁じています。そのために、ほとんどのヒンドゥー教徒は、牛を農耕と牛乳生産へ利用するものの、食用として肥育は行いません。

645年(大化元年)、日本では牛馬を生贄(いけにえ)とした例が「日本書紀」皇極天皇元年にあります。また、675年(天武天皇5年)4月17日(旧暦)の肉食禁止令(「日本書紀」)で、4月1日(旧暦)から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(牛・馬・犬・ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止されていました。戦国時代には、キリスト教イエズス会の宣教師、キリシタン大名をはじめ松永貞徳著『慰草』(1652年)によると、京都などでもひろくワカ(葡:Vaca)として牛肉が食べられていました。豊臣秀吉は小田原征伐の際、高山右近、蒲生氏郷、細川忠興と一緒に牛を食べたそうです。

江戸時代の1690年(元禄3年)、大江彦根藩ではん「牛肉味噌漬け」を「薬喰い」として販売していたそうです。健康増進や病人の養生のために食べられていましたが、食用家畜として飼育されている牛は全く存在しなかったことから、かなり高級な「薬」であったようです。ただし、廃用濃厚牛は肉質は難いけれど毒性はなく、実際にはこれが食用として食べられていました。彦根藩主井伊家は、毎年徳川将軍家(江戸)と徳川御三家(名古屋、和歌山、水戸)に「牛肉味噌漬」などを献上していました。また、同時代、牛肉の栄養に着目し、寒い時期に乾肉を生産していたそうです。江戸では、”ももんじ屋”などで食べれるようになりました。幕末期、桑名藩藩士が記した「桑名日記」によると、「孫のために牛肉を購入し食べさせた」という記述されており、せがまれた末に4日間も食べたそうで、当時から牛肉は美味であると知られていたようです。本格的に牛肉が食べられ始めたのは、明治の文明開化以降とされており、牛なべ屋(すき焼き)が流行しました。1872年(明治5年)1月24日、明治天皇が牛肉を食べたとされていますが、皇族用の御料牧場では肉牛は飼育管理されていません(2011年現在)。この日本での牛肉事情は、国産牛肉が一頭づつ大切に肥育する飼育方法が採用されていたので、牛肉は豚肉よりも高価な肉とされていました。しかし、1991年(平成3年)4月からの牛肉の輸入自由化により、日本国外から安価な牛肉が輸入されるようになったために、家庭の食卓にも頻繁に上るようになってきました。日本各地において豚肉の消費量は一定ですが、関西地方では牛肉の人世帯当たりの購入額が大きく、その分「豚肉」の購入割合が少なくなっています。また、関西では「肉」というと「牛肉」のことを指します。日本の市町村で牛肉の消費量が最も多いのは和歌山市だそうです。

サーロインの文字はご推測の通り英語の「sir(爵位)」を意味しており、時の国王がサーロインステーキを食べた際、そのあまりにも美味しいことからナイトの称号(騎士)をその部位に与えたと由来されています。それ以降、この名称が定着し今日に至ることとなりました。

フランスをはじめ、欧米において成牛肉(フランス語では”ブッフ=bœuf”で、生きた牛と死んだ牛の両方を指します)と、子牛肉(フランス語:ヴォー=veau)は、異なる流通ルートであり、料理への利用も区別されるのが一般的です。子牛肉はどの部位も赤身が数kなくて柔らかいのが特徴です。

フランス語のブッフから由来する英語のビーフが「生きた牛」のことではなく「死んだ牛の肉」を意味するのは、ノルマン・コンクエスト後にイングランドを支配したフランス人上流階級(上流階級なのでイングランドで生きた牛に触れることはなかった)が、牛肉のことを「ビュフ」と呼び、それを見ていたイングランド人が牛の死肉のことを「ビーフ」と呼び始めたことに由来します。また、豚肉を「ポーク」と呼ぶのも同様の理由からです。逆に、鶏肉のことを「チキン」と呼び、生体と食肉で同語ですが、これは被支配者階級でも鶏肉を食べることができたからだそうです。

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